【読んだ】東大卒プロゲーマー 論理は結局、情熱にかなわない ときど (著) 

最近、僕はYouTube などでゲームの動画を見るのが大好きだ。それも、実況といわれる動画ではなく格闘ゲームでバチバチとやりあっている動画だ。

寝る前の日課はお酒を飲みながら格闘ゲームの動画を毎日見ている。それくらい大好きで、ゲーム機を買って自分自身もプレイしてみたいと思っているくらい。

その格闘ゲームにおいてプロゲーマーと言われる方がいる。一番有名なのは梅原大吾さんだと思うのだけど、僕はウメハラさんと同じくらいにときどさんも大好きだ。

そんなときどさんがどのようにプロゲーマーに至ったのか、プロゲーマーになって何を考え、どう行動したのか?を知りたくて本書を手にとってみた。

この書籍の中で一番心に残ったフレーズが「情熱」というものだった。

「情熱を持つ」というのはどういうことなんだろか?と、実は本書を読みながらふつふつと疑問が湧いてきた。というのは、「情熱」というのは「好きだからやっている」というのとは別なんじゃないか?と本書を読んで感じた。

「好き」とかそういうのを超越した熱い気持ち。それを僕は本書から感じた。

熱い気持ちを持った人はこうありたいという夢を持っている。それは自分自身の夢・・・というのではなく、もっと広い視点での夢を持っている。

ときどさんの場合は、個人でどうこうの前に格ゲー界全体を見ている。自分が今まで培ってきた知識などを捨てることになろうとも、格ゲー界をより発展させるために自分で考え、行動を決めている。

そんなときどさん、実は本書で「自分1 人では情熱を燃やせない人間だった」と述べている。

では、そんな人がどのように情熱の火を灯したか?それは周りの人間から情熱を受け取ることで自分自身に火を灯していた。自分の中に情熱の火種がない時は、情熱を持った人のそばに行ってみる。そう本書ではアドバイスしていた。

ただ、そこで大事なことは情熱の火種を分けてもらうことは出来ても、実際に灯すのは自分自身。情熱を持った人がずっと近くにいるとは限らない。人から分けてもらうのを待っててもいけない。

受動的にではなく、自分から能動的に動く。

能動的に自分を動かすからこそ「情熱」という火が大きくなる。

「情熱」という火が大きくなれば、周りの人間をも動かすことが出来る。「情熱」が周りに伝わり熱が渦になっていく。知らず知らずのうちに同じ熱量を持った人間が集まっている。

誰かに移してもらったものではなく、自分自身で火を灯したからこそ消えることもない。

ときどさんの真っ直ぐな気持ちが本書から伝わってくる。

僕もこれだけの熱い気持ちを持って打ち込んでみたい。

上記動画はときどさんが今までのプレースタイルを変えて行った対戦の中で、ダントツで一番を面白かったと本書の中で紹介しているウメハラさんとの試合。動画を見ると実際にプレーしたくなって危険度ハンパない。

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