【読んだ】 勝ち続ける意志力 梅原大吾 (著)

最近ゲーム動画、とりわけ格闘ゲームの対戦動画を寝る前に必ずと言っていいほど見ている。そこら辺の話は先日の読書記事で書いた。

【読んだ】東大卒プロゲーマー 論理は結局、情熱にかなわない ときど (著)  | どん底からの音楽生活

そんな数ある格闘ゲームの対戦動画の中でも、梅原さんの動画は群を抜いて見てて楽しい。ただ、他のゲーマーの方との違いを明確に言い表すことが僕には出来ない。何故か分からないけど、他よりも見てて楽しいし強い。

その秘密は何だろうか?どういう経緯でゲームをやっているんだろうか?ゲームをする目的はなんだろう?プロゲーマーとしての目標ってあるのかな?などなど、挙げればキリがないほど梅原さんの事を知りたくなったので、今回「勝ち続ける意志力」を手にとってみた。

たまたま好きなモノがゲームだった

人にはひとつやふたつ必ず好きなモノがある。

僕の場合は音楽が好きだけど、とりわけ作ることが好きだったりする。人によっては聴くことが好きという方もいると思うし、別に音楽に限らず、何かのスポーツとか映画鑑賞でもいいし、ネットに居座ることが好きな人もいる。

梅原さんの場合、それがゲームだったということ。ただ、その情熱度がハンパではない。

今でもそうだと思うけど、ゲームばかりやっている人への目は冷たいものがあると思う。「いつまでゲームしているの!」と怒られた記憶もあるし、そもそも、僕が子供の頃はゲーセンなんて不良のたまり場だった。

学校でもゲームばかりやっている児童を良く思う教師なんていないと思う。変な話、レールを外れないように指導しなくてはいけないから。ただ、そのレールというのは固定概念に過ぎないのだが。

梅原さんはゲームをやることが好きだったけど、周りからのそういった無言のプレッシャーみたいなものを毎日感じていたようだ。普通はそこでゲームを躊躇してしまうのだけど、梅原さんの場合は違った。受験などで周りが勉強に力を注いでいる脇で、それ以上の力をゲームに注いでいた。

それは、ゲームであろうとも周りから「コイツ、頑張っているな」と認めさせたいから、ということだった。やっている対象がゲームなだけでレッテルを貼られることに我慢ならなかったんだろうと思う。

周りというのはとにかくイメージが先行してその人を判断してしまうことが多い。「ダメなものはダメ」、「そんな年齢で何をやっているんだ」、「もっと社会に貢献することをしなさい」。やっていることが人と違うということだけで、人よりも情熱を持っていようとも深い考えがあろとも否定される。

勝つことに執着していない

とにかく人は結果を求める。

それは周りが求めるということもあるし、自分自身が求めるということもある。とりわけ自分自身が結果を求める場合、「人よりも優位に立ちたい」とか「チヤホヤされたい」とか我が出てきてしまう。

梅原さんはプロゲーマーなので、もちろん結果を問われるんだけど、梅原さん自身は結果に執着していない。もっと言うと勝つことに執着していない。

梅原さんが考えていることは、「昨日よりも良い自分であること」。

人よりも優位に立ちたいという考えは、人の邪魔をしてでも自分を優位に立たせたいという考えにつながることがある。相手を弱くすることよりも自分が強くなることの方が大事なのに、それでは自分自身は何も変わっていない。

結果を追い求めると、安易な方法で結果を出そうとしてしまう。流行を追ってしまうと、流行が去った後は退廃のみで、異常な早さで消費されてしまう。

そんなことに努力するのではなく、昨日と同じ自分でいないということに努力すべきと書いている。そのような意識こそ、自分を成長させてくれる。

そういう姿勢であるから、例え結果が出ているとしても自分自身が築いてきた知識を簡単に捨て去ることが出来る。しかし、結果を求めている人は結果の出ている手段を簡単に捨てることは出来ない。つまり、変化することが出来ない。

日々の成長に喜びを感じれるように取り組むべきだと思う。

目的のためにゲームを辞めることも出来る

梅原さんの格闘ゲームの対戦動画を見ているといつも思うのは、他のプレーヤーと違って喜怒哀楽をほとんど出さない。負けて悔しがることもなく、勝って喜ぶこともない。そもそも、ガッツポーズを見たことがない。

勝っても負けても無表情なのは一体何なんだろうか?と思っていたけど、この書籍を読んでハッキリした。前述したようにゲームで勝つことを目的としていないからだ。だから、勝ち負けで一喜一憂しない。

とにかく、目的は「成長し続けること」。この一点。

もしかしたら、負けた時のほうが嬉しいのかもしれない。その負け試合からフィードバックを得て自分を修正し成長出来るから。

結果にも色々あると思うが、人の評価による結果を目的としている場合、その結果によってモチベーションが変わる人と言える。周りからの評価が伴わないと、モチベーションが下がってしまう。

しかし、「成長し続けること」を目的としてい場合、周りの評価など一切関係なくなる。

さらに、この書籍で語られていることだが、目的が「成長し続けること」なので、ゲームで成長出来ないと感じたらスパッと辞めることが出来ると書いてある。

自分が長年やってきたモノを捨てることが出来る人がどれだけいるだろか?

何かの結果を得るということを目的にしていると、なかなかこのような考えに及ばない。

良い努力とは

結果を追い求めると努力を間違った方向に向けてしまうことがある。

梅原さんは今でこそ勝つことを目的としていないが、若かりし頃は勝つことを目的としてゲームに打ち込んでいた時もあった。自分をとことん追い込み、食べることすら放棄し、とにかく結果を出すために精神をすり減らしながらゲームに打ち込んだ。

その結果、大会では勝つことが出来なかった。

このように書くと、「いや、それは当然じゃん。自分を追い込んでも良い結果は出ないよ」と思う人がいるけど、このような状態になると当の本人はまったくそれに気付かないということが起こる。

視野がどんどん狭くなり、結果も出ないからより自分を追い込んでしまう。

そのような経験を通じて、梅原さんは「頑張っても結果が出ないことがある」、「頑張り方にも良い頑張り方と悪い頑張り方」があるということに気付いたとのこと。

まず、努力には人それぞれ、適度な量や限度が決まっている。

ある人が勉強を毎日3 時間やっていたとしても、それが自分も3 時間出来るという話にはならない。その人その人で適量があるのだから、その適量を見出さなくてはならない。

また、努力は量ではなく質が大切。

ただやみくもに何時間打ち込んでも、得られるものがなければ意味がない。極端な話、5 分という短い時間であっても得るものがあれば、それは良い努力になる。

前述の目的は「成長し続けること」を思い出して欲しい。

成長や進歩と思えるような発見を見つける。それは本当に小さな発見でもいい。その小さな発見を毎日続けることこそ、良い努力だと思う。

最後に

この書籍はゲームに限らず、あらゆる物事に精通する人に読んで欲しい。

上記までに書いたことはこの書籍のほんの一部に過ぎない。

ゲーム界ではカリスマと言われている人でも、これだけ苦悩し、その結果ゲームを何年も離れたり、ふとしたキッカケでまたゲームに戻ったりと紆余曲折あるんだな、と思った。

書籍を読む前は、梅原さんのことを元々ゲームが得意な人というような認識だったけど、読み終わった後は「この人はどこの世界でもてっぺんにいくわ」と思わずにいられなかった。決してゲームが得意だった訳ではないのに世界一になれた、その考えや行動は本当に凄いものがあり、信念があった。

エピローグではこのような言葉で終わっている。

「全盛期はいま、そして未来」

成長し続けることを目的としているからこそ出る、すごい言葉だと思う。

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